夢と夢解釈
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夢の仕業 |
夢解釈を深く理解すれば、フロイトの精神分析の50パーセントは自分のものにしたと言えるでしょう。それほど夢解釈は重要な書物なのです。フロイトはこの書で何を言いたかったかをまとめると、日中の潜在思考は意識の中に浮上するエネルギーを持っていません。そこで、無意識領域に存在する無意識的願望(性的なもの)のエネルギーを借りて意識の中に浮上してくるのです。ですが、無意識にあるものをそのまま意識領域に持ってくると、自我に大きな不安を与えます。そこで、超自我によって検閲が行われます。それを逃れるために夢は圧縮、置換、形象化、二次加工といった太古的修飾が施されるのです。このために、夢は支離滅裂になってしまいます。しかし、実は歪められた願望充足で、深部において幼少期の心的外傷とつながっているのです。
ここで問題となるのは、検閲を逃れるために施された太古的修飾こそ「夢の作業」であり、夢とは多元的解釈、重層的解釈を持ったものであり、完全に解釈されることはあり得ないということです。ある夢が別の意味を持っている可能性はいつも残っているのです。
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夢判断の源流 |
この本は、フロイトが夢について書いた小論文6稿と、手紙2通を翻訳したものです。フロイトは、「夢の解釈は無意識の知識を得るための王道である」として、「夢判断」を精神分析の重要な手段として活用したことで知られています。論文の中では、実例に基づいた夢解釈の例がたくさんでてきますが、フロイトらしく、解釈は性欲に基づいているものが多くなっています。中には、糞尿にまつわる夢解釈を集めた論文もあります。また、論文の一つは、夢で見たことが実際に起こるということをテレパシーなどオカルト的に解釈することをはっきり否定しています。夢に出てくる事物の持つ意味は、人によって何を指すのかは異なるようですから、自分ですらよく分からない夢を、他人が簡単に分かるというものでもないようです。もう一つ、フロイトが解釈をほとんど性の問題に関連づけたことは、性的な問題が抑圧されていた時代には、確かに正しい側面もあったのかもしれませんが、性に関する意味が時代と共に変遷していることを考えると、そのまま受け入れるのは難しいのではないか、という気がしました。


